作:鞠先生
夜、時々眠れなくなる瞬間がある。
この闇に意識を投げ出すのが、…怖い。
そして、この闇に一人でいる事が更に怖くて。
わたしはやがて勝手に意識を放り出すまで、この闇と戦わなくてはならないのだ。
チクタクと時計の音が聞こえる。
普段なら気にならない音なのに、こういう時はこの小さな音さえ気になってしまう。
身体は疲れているはずなのに。
瞼を閉じれば、眠れそうなのに。
だけど、身体の疲労感とは正反対で眠気は一向に訪れない。
早く寝ないと、明日水綺ちゃんと遊ぶのに。
四季お兄ちゃんとも会えるのに…。
ベッドの中で身体の位置をかえても、
寝相を変えても、
心の中に住み着いてしまったこの闇は、一向に晴れてくれない。
「愛珠ちゃん、起きてるかなぁ…」
枕を片手に、ベッドの中から起きて、お気に入りのスリッパを履く。
部屋のドアを音をなるべく鳴らさないように開けて、廊下に出る。
ドアをパタンと閉めて。
隣にいるであろう愛珠ちゃんの部屋に向かう。
ほんのちょっとした距離なのに。
とても怖くて、足がガタガタする。
私は枕をぎゅっと抱え込みながら一歩一歩歩き出した。
自分の足音が。
廊下にある時計の音が。
暗いこの闇が。
…全てが怖い。
こんな年にもなって…と自分で苦笑するけど。
やっぱり自分は怖がりなんだろうかと自問自答する。
時間的にはあまり経っていないのだろうけど、自分の中ではかなり長い間歩いていた感じがする。
やがて、愛珠ちゃんの部屋の前に着く。
「あ…」
ドアをノックしていいものか。
それとも音を立てずにドアをあけるべきか。
でも…ノックしたら音が響いてお父さんやお母さんを起こしてしまうかもしれない。
音をたてずにドアをあけて、中に入ったりしたら愛珠ちゃんが驚くかもしれない。
…どうしよう…。
私が迷っていたその時。
「…ちゃ…」
小さな声で名前を呼ばれた感じがして。
「…ぇ…?」
思わず怖くなる。
ついに…出た?
信じたくなかったけど…というか、信じる事自体怖くて…。
でも…!!!
「愛沙ちゃん?」
今度ははっきりとした声。
…私のよく知っている彼女の声が、後ろからかかる。
「愛珠ちゃ…」
思わず涙ぐみそうになりながら愛珠ちゃんに近寄る。
「…中、入る?」
ある程度わかったのかもしれない。
愛珠ちゃんが部屋のドアを開けてくれた。
「そっかぁ。私も時々あるよ?」
愛珠ちゃんの部屋の中に入れてもらって、ベッドの近くのスタンドの明かりをつける。
暗闇に目がなれていたので、眩しい灯りに目が一瞬くらむ。
「そうなの?」
私は愛珠ちゃんもこういう体験をしてたんだ、とわかりちょっと嬉しくなる。
「愛珠ちゃんは、さっきどこに行ってたの?」
ふとした疑問を口に出す。
「うん…トイレ行ってたんだ」
「怖くなかったの?」
「そりゃ怖かったよ!部屋に戻ってきたら部屋の前に人影があるし」
私達はお互いを怖がっていたんだと解り、クスクスと笑った。
「今日は一緒に寝よう?」
愛沙ちゃんが私に微笑んでくれる。
「うん。」
私も微笑み返す。
愛珠ちゃんのベッドにもぐりこんで。
枕を一緒に並べる。
お互いに手を握り、スタンドの電気を消す。
「こうしていれば、寂しくないでしょ?」
愛珠ちゃんの声。
暗くて、何も見えないけれど。
彼女の声は私の中にゆっくりと染み渡る。
私は、久々にすぐ眠りにつけたと思う。
二人でいれば…愛珠ちゃんがいれば、この闇に意識を沈めてもいい、と思った。
それから。
私達は時々、お互いの部屋で寝ることになった。