「…あ」
グラスを洗おうとキッチンへ行くと、愛沙がそこにいた。
愛沙も洗いかけの食器を手にしたまま、あ、と言った。
少しだけ、見つめ合って。笑ったのは、愛沙。
「いいよ、ちーちゃん、一緒に洗うよ?」
「あ、マジで?有り難う」
「ううん」
コップを手渡して、
さっきの感触を少しだけ思い出して、
結構、小さいんだよな愛沙の手は…思って一気に真っ赤になった。
「ちーちゃん?」
「あ、いや、何でもない何でも」
愛沙はそれでも不思議そうに千草を見ていたが、
コップを受け取るとすぐにお湯に通した。
しばらく、笑い声と、水の音だけが流れて。
「今日は有り難うね」
つぶやくように愛沙は言った。
ん?とだけ、千草は返事を返して。
「…あのね、わたし初めてなの」
「…何が」
「あのね、だから…あの、デート…」
そこまで言って、愛沙はかあぁっと頬を紅くした。つられて千草も恥ずかしくなった。
「あっ、あれはデートって言わないだろ普通」
「そ、そう?そうなの?おかしいなぁ…デートってほら、
男の子とふたりっきりで出かけることでしょ?」
「え、あ、そ、そう言えばそうなんだろうけど、でも」
どう、言ったらいいものか…考え込む千草に、愛沙はただ、笑った。
「でもね、とっても楽しかったの。有り難う」
「あー…」
千草は唸って、天井を見上げた。
「じゃあ、じゃあ、さ」
「うん?」
「ん…いつでも、いいから、愛沙が暇なときにさ」
「うん…」
「デートってもんがどんなのか、連れて行ってやるよ」
「…え!」
がっしゃーん。
皿の割れる音。
千草が振り向くと、愛沙は顔を真っ赤にして立ちつくしている。
変なこと言ったかな、と思って。ようやくその意味に気付いて、真っ赤になって。
「あ、あ、違うそんなんじゃなくてその」
「あ、うん、うん、ご、ごめんなさい」
2人して、慌てて。
黙り込んだ。
「あ、あのさ、愛沙、俺…」
口を開いたのは、千草。愛沙は、え、と言って顔を上げる。
「俺…」
「ちー、ちゃん…?」
いつになく真剣な眼差しに、何故かどきりとして。
次の言葉を待つ。沈黙。そして、
「やっぱり姉貴が」
がっしゃーんっ!!!
言葉を遮って、何かが倒れた。
2人して慌ててキッチンから出ると、その足下に、照れ笑いしている愛珠。
「な、何してるの愛珠ちゃん…」
「あ、ほら、ね、遅いから心配して、え、えへへへへへ」
「こら、愛珠ーっ!!」
照れたように怒って、千草は愛珠を追い回した。
愛珠はきゃっきゃと笑いながら駆け回る。
愛沙はそんな風景を見ながら、ふと、自分の手を口元に当ててみた。
楽しかったわ、うん、でも…
そうして、まだどきどきしている胸に手を当てて。
変な気持ち…でも何だか、暖かいな…
…でも、ちーちゃん、何が言いたかったんだろう…?
そんなことを、ふと、思ったりした